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士別の飲み屋街を歩く。寿センターと幻の遊廓計画

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士別市の寿センター。通路を挟んで建物が並び、入口にサッポロビールの看板が掛かっている 【探訪・記録】
昼の寿センター。道路に面した建物の間を、飲食店の並ぶ通路が貫いている。

北海道士別市の中心部には、スナックや居酒屋が集まる一角がある。昼間は静かな通りも、日が暮れると店の看板に灯りがともり、違う表情を見せる。

大通東5丁目付近で目にしたのは、「ぼったくるBAR」という思い切った名前の看板。さらに大通東7丁目には、屋根のある通路の両側に飲食店が並ぶ「寿センター」がある。寿センターは、士別の飲み屋街の一角にある建物の名前だ。

この付近は、昭和初期の地図で「壽町(寿町)」と記されていた。大正時代には、遊廓の開設も計画されたという。そんな歴史を知りながら、昼と夜の士別を歩いてみた。

士別の飲み屋街で見つけた看板

士別の中心市街地を南北に貫くのは、国道40号。沿道には道の駅「羊のまち 侍・しべつ」や商店が並び、その周辺にはスナックや居酒屋の集まる通りもある。国道を走り抜けるだけでは気づきにくい、もう一つの町の表情だ。

道の駅周辺から、大通東5丁目付近の飲み屋街を歩き、7丁目の寿センターへ向かった。飲み屋街とあって、昼間の通りは静かだ。それでも、壁にずらりと並ぶ店の看板を眺めていると、夜になればまた違う顔を見せる町なのだと分かる。

士別市大通東5丁目付近の飲み屋街の看板。ぼったくるBARの下にスナックの看板が並ぶ
大通東5丁目付近。看板の最上段に「ぼったくるBAR」の文字がある。

なかでも足を止めたのが、黄色い「ぼったくるBAR」の看板。目を疑って、もう一度読む。やっぱり「ぼったくる」だ。商売の秘訣は、まず名前を覚えてもらうことなのだろうか。少なくとも、こちらはすっかり覚えてしまった。笑ってしまうほど大胆な店名も、この町の風景の一部である。

この士別の街歩きは、YouTubeチャンネル「ニナ北海道探訪」でも動画にしている(記事の下部に掲載)。そのコメント欄には、「ぼったくるBAR」の店主さんはとても良い人だという声も寄せられた。私は店主さんと直接話したわけではないが、あの大胆な看板を思い出すと、きっと洒落の分かる人なのだろうと想像してしまう。

士別の飲み屋街にある黄色い『ぼったくる BAR』の看板を近くから撮影した写真
大胆な名前に、思わず足を止めてしまった。

以前のストリートビューや過去の街並み写真と見比べると、姿を消した建物や看板があることにも気づく。建て替えられた建物もあれば、空き地になった場所もある。残っている店だけでなく、なくなった店の跡にも、町の変化が表れている。

十年後、同じ道を歩いたら、今日見た看板はいくつ残っているだろうか。何気ない店先でも、写真に残しておけば、いつか町の昔を語る一枚になるかもしれない。

飲み屋街の一角にある「寿センター」

寿センターは、士別市大通東7丁目にある飲食店の集合建物。通りに面した入口の上には、スナックや居酒屋の名前がびっしり並ぶ。サッポロビールの大きな看板の下に足を踏み入れると、屋根のある細長い通路の両側に、小さな店の扉が続いている。外の街路とは切り離されたような、独特の空気を持つ場所だ。

士別の寿センター入口。サッポロビールの文字と複数の店名が並ぶ看板が見える
昼の寿センター入口。サッポロビールの大看板の下から、細長い通路が始まる。

入口を飾るのは、「サッポロビール」の大きな電飾看板。文字を囲むように小さな電球が並び、その上にも店名の看板が幾段にも重なっている。通路の中へ進めば、天井から下がる照明、壁に沿って走る配線、青い星形の「Joan」、スナック「ふうせん」など、ひとつひとつ表情の違う店の看板が目に入る。飾り立てた観光施設ではない。今も店が並ぶ飲み屋街の、長年の営みが感じられる。

寿センターの昼間の屋根付き通路。両脇に店の扉や看板、奥に木が見える
昼の通路。奥まで通り抜けられる構造で、左右に店が並ぶ。
寿センター内部に連なるスナックの看板。青い星型のJoanなどが並ぶ
通路の看板。青い星型の「Joan」など、店ごとに異なる意匠が並ぶ。

夕暮れから夜へ――寿センターに灯る看板

夕暮れの飲み屋街をもう一度歩いた。空にはまだ青さが残っているが、道路には街灯がともり始めている。昼には黄色い文字が目立った「ぼったくるBAR」の看板も、夕暮れの空を背にすると、通りの風景にしっくりとなじんでいた。

士別の飲み屋街。夕暮れの空の下、ぼったくるBARなどの看板が並ぶ通り
夕暮れの飲み屋街。空にまだ青さが残るなか、通りには街灯がともり始めていた。

夜になると、サッポロビールの大看板に赤い光が浮かび上がる。写真をよく見ると、赤く灯る文字と、暗いままの文字が混じっている。周囲を縁取る小さな電球も、すべてが明るいわけではない。その少し不揃いな光が、かえってこの横丁によく似合っていた。通路へ入ると、今度は青や白の店の看板が浮かび上がる。昼は看板を読み、夜は看板の灯りを辿る。同じ場所なのに、見えてくる風景はずいぶん違う。

夕方の士別・寿センターの入口。サッポロビールの文字が光り、奥の店にも灯りが見える
灯りのともった寿センターの入口。昼間とは違う表情になる。
夜の士別・寿センター内部。スナックの青い看板が明るく光る
夜の寿センター。通路の奥へ続く小さな明かりが、店の存在を知らせている。

ネオンの時代を思わせる電飾看板

かつての繁華街を象徴した光の一つが、色鮮やかなネオンサインだった。ガラス管の中のガスを発光させる昔ながらのネオンに代わり、今は消費電力や維持管理の面で有利なLEDを使う広告が増えている。ネオンそのものが全国一律に禁止されたわけではなく、屋外広告物には地域や場所に応じた規制がある。北海道の屋外広告物管理指針にもネオン管の安全点検についての記載があり、LEDへの置き換えも進んでいる。寿センターの大看板に残る赤い光と電球の縁取りを見ていると、そうした昔の広告文化まで思い出される。

通路には青い星形の「Joan」など、それぞれに趣向を凝らした看板が並んでいる。どの店も同じ時代に開いたわけではないだろう。店名の違いを眺めているだけでも、この一角にいくつもの商売が集まってきたことが伝わってくる。

街並み記録サイト「古今東西舎」には、2015年に撮影された寿センターの写真がある。当時もサッポロビールの大きな看板が掛かっていた。十年ほど前の写真と比べれば、残っている看板や建物の変化を具体的に確かめられる。

参考:古今東西舎「士別(寿センター)」/古今東西舎「士別(花街跡)」。

「壽町」にあった大正時代の遊廓開設計画

街並み記録サイト「古今東西舎」では、昭和9年(1934年)の士別市街図に、この付近が「壽町」と記されていたことを紹介している。さらに大正時代には、この寿町を予定地として遊廓の開設が計画されたという。

この計画について、同サイトは1914年刊の『士別発達史』と、1977年刊の『士別よもやま話 続』を出典に挙げている。士別で遊廓を開こうとする動きは、後年の郷土史にも記録されているのだ。

実現しなかった理由は、旭川の遊廓との距離

当時、遊廓の設置には隣接する遊廓との距離に関する制約があり、旭川の遊廓から二十里(およそ80キロ)以上離れていなければならないとされていた。士別はその条件を満たせず、計画は実現しなかったと伝えられている。

1900年(明治33年)には鉄道が士別まで開通した。遊廓の開設を目指した動きも、町が発展していく中で生まれたのかもしれない。しかし、計画は実現せず、後世に残されたのはその記録だけだった。

ただし、現在の寿センターは遊廓の建物ではない。大正時代の計画と寿センターの成立を直接結びつける資料もない。興味深いのは、かつて「壽町」と呼ばれた付近に、今も飲食店の集まる一角があることだ。「壽町」という二文字の向こうには、実現しなかった夜の町の計画がある。現在の建物とは時代が違っても、土地の来歴を辿る手掛かりになる。

かつて士別には12軒の酒楼があった

士別の飲食街の歴史は、幻の遊廓計画だけではない。第一次世界大戦の好景気に支えられた時期、士別市街には12軒の酒楼が並び、芸妓22人、酌婦42人がいたという記録も紹介されている。

記録に残る店名には、美濃家、都亭、大正軒、松月亭、竹の家、松の家などがある。今の街並みからは想像しにくいが、当時の士別には、それだけ多くの客を迎える料亭や酒楼が集まっていた。

この数字や店名は、「古今東西舎」の花街跡の記録で、1937年刊『大日本職業別明細図』を出典として紹介されている。料亭「松の家」があった場所についても、1969年刊『士別市史』をもとに位置が示されている。

酒楼12軒、芸妓22人、酌婦42人。記録に残る数字を並べると、かつての士別の盛り場が持っていた規模が伝わってくる。店の名も、町を歩く人々も時代とともに変わったが、そのにぎわいは郷土史に書き留められている。

士別の市街地ができた頃

士別市街地の形成には、1899年(明治32年)に入植した、国内で最後の屯田兵が深く関わっている。士別市立博物館によれば、その後、農業や林業、商業などによって町が発展していった。

中心部には、大通を軸とした整った街路が今も残る。一方、その通り沿いには、寿センターのような横丁型の建物もある。国道沿いの商店と、その周辺に広がる飲み屋街。町の中心部には、昼の商いと夜の商いが隣り合っている。

かつての酒楼の名は古い記録に残り、今は別の店の看板が夜の通りを照らしている。店も客も移り変わった。それでも、この一角で杯を傾け、誰かと語らう時間は、今も続いているのだろう。

動画で歩く――士別の飲み屋街と寿センター

道の駅周辺から飲み屋街を歩き、寿センターへ向かった様子を動画にも収めた。昼の街並み、古い看板、屋根付きの通路、そして夜にともる明かり。写真とはまた違った士別の風景を見ることができる。

動画:ニナ北海道探訪チャンネル「【北海道 士別市】羊のまちで見つけた『ぼったくる看板』と、飲み屋街を歩いた先で知った『幻の計画』」

士別の飲み屋街と寿センターの場所

寿センターは北海道士別市大通東7丁目にある。JR士別駅周辺から市街地を歩き、道の駅や大通沿いの商業地と合わせて散策できる。Googleマップで寿センター周辺を確認。

昼は建物の形や店の看板をじっくり眺められる。夕方を過ぎると各店に明かりがともり、通りの雰囲気が変わっていく。昔の面影が残る場所ではあるが、今も人が行き交う飲み屋街だ。

かつて「壽町」と呼ばれた一角には、遊廓を開こうという構想があった。その計画は実現しなかったが、士別市街には12軒もの酒楼が並ぶ時代もあった。そして今、寿センターの細い通路には、さまざまな店の看板が並んでいる。そこにあるのは、昔の町の複製ではなく、今の士別の夜の姿だ。通路にともっていた青い看板の明かりが、帰り道にも目に残っていた。

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参考資料

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