札幌市豊平区、月寒中央。地下鉄駅から国道36号の近くへ歩いていくと、広い道路から一本入ったところに、飲食店が肩を寄せ合う小さな横丁がある。通称は「しょんべん横丁」。なかなか強烈な名前だが、実際に目を向けたいのは、その奥に続く細い道と店の並びだ。
この横丁は「洋次通り」とも呼ばれ、「第三吟月会館通り」という呼称でも紹介される。なぜ一つの路地に名前がいくつもあるのか。月寒の町の成り立ちを調べてみると、単なる昭和風の飲み屋街という紹介だけではもったいない場所だと思えてきた。
月寒しょんべん横丁はどこ? 洋次通りという別名も
場所は札幌市営地下鉄東豊線・月寒中央駅から徒歩およそ5〜6分。国道36号に近い月寒中央商店街の一角にある。駅前の大通りを歩くだけでは通り過ぎてしまいそうな、短い酒場横丁だ。
地元で長く呼ばれてきた「しょんべん横丁」、ドラマのロケをきっかけに生まれた「洋次通り」、そして「第三吟月会館通り」。短い路地にいくつもの名前がある。土地に暮らす人、酒を飲みに来る人、映像を撮る人。それぞれの時代の記憶が重なる場所だ。
参考:つきさっぷ|月寒の歴史/2018年の訪問記(月寒中央しょんべん横丁)
月寒は、もともと軍隊と役場の町だった
今の月寒中央を理解するうえで欠かせないのが、歩兵第25連隊の存在だ。札幌市豊平区の年表によれば、1896(明治29)年に月寒へ陸軍第7師団の独立歩兵大隊が置かれ、のちの歩兵第25連隊へとつながっていく。軍施設とともに人が集まり、必要な物資を扱う商店や飲食店が増えていった。
さらに1910(明治43)年、豊平町役場は月寒へ移転。月寒は軍隊の町であると同時に、豊平町の行政と商業の中心にもなった。現在は住宅や交通量の多い道路が目立つが、この辺りが「町の中心」だった時代がある。
『ゴールデンカムイ』にもつながる第七師団と月寒あんぱん
月寒に駐屯した歩兵第25連隊は、北海道に置かれた旧日本陸軍の第七師団に属していた。この第七師団は、漫画・アニメ『ゴールデンカムイ』で鶴見中尉らが所属する部隊としても知られている。ただし、作中の鶴見中尉は歩兵第27連隊であり、月寒の第25連隊とは別の連隊だ。さらに作品には、実際の月寒の歴史と結びつく食べ物も登場する。
それが「月寒あんぱん」だ。アニメ第40話には、鶴見中尉が少年時代の鯉登と一緒に月寒あんぱんを食べる場面がある。この菓子を今も作る「月寒あんぱん本舗ほんま」は、1906(明治39)年に月寒で創業。さらに1911(明治44)年には歩兵第25連隊の兵士と住民が協力して月寒と平岸を結ぶ道路を造り、作業中の兵士にあんぱんが配られたことから、その道は「アンパン道路」と呼ばれるようになった。作品に登場する菓子の名前は、月寒が軍隊とともに発展した時代の暮らしにもつながっている。
参考:アニメ『ゴールデンカムイ』第40話あらすじ/札幌市「アンパン道路」/月寒あんぱん本舗ほんま・会社沿革
大正12年には228戸・1,015人の市街地
『新札幌市史』によると、大正12(1923)年の月寒市街は228戸・1,015人。この数字だけでは町の大きさを想像しにくいが、同じ年の軽川市街(現在の手稲駅周辺)は228戸・1,078人だった。戸数は同じで、人口もほぼ同規模。月寒も当時の札幌近郊で一つのまとまった市街地を形成していたことが分かる。
| 市街地 | 大正12(1923)年の戸数 | 人口 |
|---|---|---|
| 月寒 | 228戸 | 1,015人 |
| 軽川(現在の手稲駅周辺) | 228戸 | 1,078人 |
興味深いのは、その後の発展の差だ。昭和15(1940)年の月寒市街は311戸・1,421人。一方、琴似の川添・八軒などの市街地は670戸・3,448人に拡大していた。鉄道駅を中心に住宅や商店が増えた琴似や軽川に対し、月寒では大正15(1926)年に電車軌道の誘致運動も起きたものの、鉄道交通に恵まれず市街地の発展が緩やかだったと『新札幌市史』は記している。役場と連隊のある町として賑わいながら、札幌近郊の都市化では異なる道をたどったのである。
資料:札幌市豊平区|年表/札幌市豊平区|月寒地区の史跡/新札幌市史 第4巻 通史4「豊平町」
どうして「しょんべん横丁」と呼ばれるのか
この独特な通称については、近くに駐屯していた兵士らが路地で用を足したことに由来する、という話が伝わっている。国道と並行する商店街が大いににぎわった頃の話として、地元を紹介する記事や訪問記に登場する。
2022年の訪問記には、近くの駐車場の人が子どもの頃から「しょんべん横丁」と呼んでいた、という話も残されている。風変わりな通称だが、地元の人々に長く使われてきた名前なのだ。参考:2022年の訪問記
「洋次通り」の由来――2002年のドラマ『瓜二つ』
もう一つの呼び名「洋次通り」は、山田洋次が脚本に参加した北海道放送のドラマ『瓜二つ』との関係で知られている。地元の「つきさっぷ」でも、2002年のドラマのロケ地となったことに由来する名前として紹介されている。
このドラマは2002年2月25日に放送された『山田洋次ドラマ特別企画 サスペンス喜劇 瓜二つ』。西田敏行が二役を演じ、大杉漣、余貴美子らも出演した。放送ライブラリーの番組記録では、脚本は山田洋次と高橋孝之介、演出は松田耕二となっている。
作品に関わった山田洋次の名前が、そのまま路地の愛称になった。大きな記念碑ではなく、横丁の呼び名として撮影の記憶が残っているのが面白い。
番組資料:放送ライブラリー|『瓜二つ』番組詳細/CiNii|『瓜二つ』決定稿/つきさっぷ|洋次通りの紹介
短い路地に残る、店の連なり
こうした通りを歩くときは、建物の新しさだけではなく、店と店の距離や入口の向き、二階の窓、細い通路の幅が気になる。大きなビルの飲食店街とは違い、数歩進むだけで隣の店の気配が伝わるような造りだ。
2018年の訪問記には、木造モルタルの二階建てやスナックの看板が並ぶ路地の様子が写真付きで残っている。そして、この横丁は昔の店がそのまま眠っている場所ではない。2021年には「路地裏スパイスカリー てとらぽっと」がオープンし、昼はスパイスカレー、夜はバーという使われ方も生まれた。昔ながらの酒場と新しい店が隣り合うことも、今の横丁の魅力だ。参考:「てとらぽっと」訪問記事
それでも、路地というものは不思議だ。表通りには新しい建物や車の流れがあるのに、ほんの少し曲がると歩く速度が変わる。看板、壁の継ぎ目、店先の明かり。こうした細部を動画で撮っておく価値は、何年か後になって一層大きくなるのではないかと思う。
YouTubeには載せなかった、月寒の記録映像
著作者:ニナの旅と冒険の記録|無断転載・再配布はご遠慮ください。動画へのリンク共有は歓迎です。
訪ねるときの注意点とアクセス
アクセスは地下鉄東豊線・月寒中央駅から徒歩約5〜6分。国道36号沿いの大きな通りだけでなく、周囲の商店街の道も含めて歩くと、横丁が町の中でどんな位置にあるのか分かりやすい。
所在地:札幌市豊平区月寒中央通5丁目2-2付近
Googleマップで「しょんべん横丁(洋次通り)」の場所を見る
月寒の小さな横丁が残すもの
月寒は、軍隊と町役場を中心に人が集まった町から、今の札幌の住宅地・商業地へと姿を変えてきた。その変化を大きな地図で追うのも面白いが、小さな横丁を歩くと、別の尺度で町の時間を測れる。
「しょんべん横丁」という長年の通称と、ドラマの撮影から生まれた「洋次通り」という愛称。かつて役場と連隊を中心に賑わった月寒の一角では、今も古い路地に新しい店が加わっている。建物や看板、道幅を写真だけでなく映像にも残しておけば、何年か後に同じ場所を歩くとき、変わったものと残ったものがもっとはっきり見えてくるだろう。
参考資料・関連リンク
札幌市豊平区「月寒地区」(連隊・役場の史跡)
札幌市豊平区「年表」(年号確認)
札幌市中央図書館『新札幌市史 第4巻』(月寒市街の戸数・人口)
つきさっぷ「月寒の歴史」(洋次通りと月寒中央商店街)
放送ライブラリー『瓜二つ』(放送日・出演者・制作スタッフ)
CiNii 図書『瓜二つ』決定稿(脚本・演出)
2018年の月寒中央しょんべん横丁訪問記(当時の酒場の様子・呼称)
『新札幌市史 第4巻』手稲村の項(検索)(軽川市街の規模)
『新札幌市史 第4巻』琴似村の項(川添・八軒の市街地拡大)
「路地裏スパイスカリー てとらぽっと」訪問記事(横丁の新しい店)

